昭和五十七年六月二十二日 朝の御理解 御理解第九十二節 「神は一体ぢゃによって、此方の広前へ参ったからというて、別 に違うところはない。あそこではおかげを受けたけれど、ここで はおかげが受けられぬというのは、守り守りの力によって神のヒ レイが違うのぞ。神の守をしておれば、諸事に身を慎み、朝寝を してはならぬ。早く起きると遅く起きるとは、氏子が参詣の早い 遅いにかかわるぞ。」 私は今朝方から、こんなお夢を頂いた。
久留米の荒木という所がありますよね。荒木の方から合楽え向かってきておる、と、いうお夢でしたが、右の方を通ると平坦な小さい狭い道だけれども、ま、いわゆる平坦な道。左の方は広い道だけれども、ここには次々と、その、難所がある。いわゆる、むつかしい所がある。どっちを通るか、と。と、言われて、私が、私だけぢゃなかったですけれども、ま、幾人もの、ま、狭い道では、自動車も通らんから、やっぱし広い道がよかろう、と、言うて、広い道の方を渡らして頂いたところが、なかなか、やっぱり、次々と難所がある。ここは、どうして行ったならよかろか。どうしてここは越えたならよかろか、と、いうような所があるんです。ところが、ま、兎に角、ま、来たからには挑む、と、いう感じですね。なら、こうして登ろう、と、言うても、それこそ渾身の力をこめて、こ、一生懸命に登って、上にあがって、私にもこういう力があっただろうか、と、上で思っておるところであった。だから、自分の中にある力というものを、ま、昔の、あれは、山中鹿之助と言う人は、ね、その三日月に向かって、その、祈願をこめた、と、いうのですね。
我に七難八苦を与えたまえ、ね。
自分の力を試してみたい、ね、我に七難八苦を与えたまえ。
私はその、「七難八苦を与えたまえ。」と、いうような願いではなくて、私共の行手にどういう、例えば、難儀が例えば、よし、待ち受けておっても、ね、それを乗り越える力を頂かして下さい、私の前に起きてくる問題が、どういうむつかしい問題であっても、どうぞ、そこを抜け切らして下さい。
そして、右の方を通れば、合楽には大変暇がかかる、と言うのです。で、その広い方の道を行けば、ね、合楽に到達するのも早い、と言う。で、その、早く合楽に着かれる方を取ったのが、私、今朝のお夢でした。そして、その難所を一つ一つ越えながら、自分で上に登りあがって、そこで思いよる事が、私にもこんな力があったとは知らなかった、と、言う。自分で思ったり、横ぞの人達に言っておるような、お夢であった。
だからね、自分にある力を、充分に出し得ずしておる、と、いうような事はないだろうか、ね。なら、その力がどういう事になるかと、いうと、今日の御理解で言うと、守々の力だと思うですね。だから、これは、お道の教師という事だけに、これは、勿論、お道の教師に対する御理解でございましょうけども、道の教師というだけの事ではない。お互い、なら、ここで修行しよる沢山な先生方もそうであるし、また、こうして毎日お参りをなさる皆さんの場合にもそれが頂けれる、と、思う。
おかげを頂きたい、おかげを頂きたい、本当のおかげを頂きたいで、なからないかんですばい。ただ、目先の事だけが、どうぞ、右になりますように、左になりますように、と、いう。も、楽になりたいだけの願いでは、いうなら、いつまでたっても合楽には、兎に角、遠い道のりになりますでしょう、ね。けれども、この道を行けば、と、いう。これは、結局、信心を頂く、と、いう事、ね。 いうなら、自分自身が力を頂く、と、いう事。だから、これは、力を頂く、と、いうけれども、これは、自分自身の内容、ね。自分自身の中にある力を、いうならば、引き出す事が修行だと思います、ね。そこに神様を、いよいよ信じて疑わない力が、生まれてくる。信じて疑わない力、それは、また、神が信ずる者を信ずる、と、仰せられるような働きにもなってくる。ね、大体は、自らの力、と、いうものを充分に発揮出来るために、ね、どうぞ、おかげ、おかげばかりを言わずに、信心を頂く、と、いう。いうならば、右の道より左の道を通らせてもらおう、と、いう生き方。私の上に起きてくる、例えば、どんな難儀があっても、それを、自分の力を試そう、それによって、自分の力を引き出そう。どの位、自分に力があるだろうか、わざわざ、その、山中鹿之助ぢゃないけれども、七難八苦を与えたまえ、と、いう願いは、いらんけれども、ね。そこにある行手にある様な問題はです、それを、いかに力にしていくか、と、いうところに合楽の信心があるか、と、思うです。
合楽行きが早い。合楽世界に本当に住む事が出来るんだ。今朝のお夢を頂いて、今日の、この御理解でしたから、ま、今日の、お夢を中心にして、ま、聞いて頂いたわけですけれども、ね。
自分にもこんな力があったのだろうか、と、一生懸命、渾身の力をこめて、そこを登った時に、例えば、下から、とてもこれは登れない、と、例えば、思うようなところでも、本気でそれに挑む、という心。それに本気で、真正面から取り組む、と、いう心、ね。そこを乗り越えて、通り越えたところに、いわば、合楽世界は近い。二、三日前、今、今度、記念出版の原稿の整理をしております。その整理の出けた分だけを、研修の時に、ま、一日、二日分づつ、こう、読ませて頂きます。昨日、一昨日だったでしょうか、丁度、末永先生が南米行きをした時のお話が、御理解になってるのを、まとめてあるのでございました。ね、もう、あらゆる手立、どういう手立をしても南米に。ブラジル国に宗教者として渡れないことがわかった。ね、合楽から、南米行、南米行と言われるけれども、絶対行かれんち。これは、本部での言い分であった。中には、いやあ行かれる、と、いう人もあった。そんなら掛けようか、と いうような話もある位であった。もう、絶対行かれない。あらゆる手立、ね。そして、先生が、あれはソフトボールの青年教師の、で、行って、足を骨折して帰って来た。そこの病院に入院さして頂く時に頂いた御理解が、ね、これが、南米行の最後の修行と頂いたんです。もう誰でも、そんなこと考えられなかったです。ね、ところが、一ケ月位入院しとりましたでしょうか、帰って来た時に、それこそ、或る日突然、通知があったんです、ね。ブラジル国の、ここの領事館から、ね、末永建郎、という人に会いたい、と、いう通知があった。して、本部に寄らせて頂いたら、なら、兎に角、ま、行って話をするならばね、決してその、まあ霊的な、と、いうか、おかげ、おかげの事は絶対、言うちゃならんぞ、と。いわゆる金光教で今、言われるように、いうなら、ま、只、よい教え、教え、と、いったような、もう、おかげなんか、と、いったような事なんかは、言うたらいけない、と、こう念をおされたけれども、実際に、その領事の方とお会いしているうちに、ね、兎に角、今、合楽で起こっておる、おかげの話をしたんです。も、熱心に聞いて下さったんです。 合楽から出ておる本も読んで下さったんです。ね、そして、まあ、私も受けあいは出来んけれども、ま、段々、ブラジル行の為の力を尽くさせてもらおう、と、約束して帰ってきて、それから数日後、行けれる許しが出たんですからね。
その時分の時の御理解をまとめてあるものでございました。だから、これは書物になるわけですから、こんなこと載せてもいいでしょうか、と、領事の方に迷惑がかかるような事はないでしょうか、と、いうような事でございました。
だから、本当とは思われないような働きがそこにおこっておる。そこで、なら、皆さん、末永先生がここで修行しておった修行ぶりを、いっちょう思ってみなければいけませんのです。も、そげな事は困る、楽な方へ楽な方へとは、取らなかった。
出来るでけんは別として、でけんなら曲がりなりにも、兎に角、自分の上に起きてくる、その修行を修行として、また、先生の場合は、自分から率先しての修行も、皆さんが御承知の通り致しましたね。合楽へ通う近道の方を取ったわけです。合楽世界に住む、と、いうような方でございましたが、ね。私共もそうです。ね、楽な方の道を行く、楽な方の道へ出たい、と いうような願いではなくてそれは、わざわざそれを、なら、七難八苦を与えたまえ、と、言う事はいらんから、私共の行手に起きてくるその問題を、よけて通るような事をせずに。ね、それから、言うなら真面目に四ツに取り組んで、ね、自分の力を引き出していく信心。そして、自分にもこんな力があっただろうか、と、思うその力、そのものが神様を信ずる力になる、ね。守々の力でヒレイが異うのぞ、と、信者一人一人の力によって、なら、同じ合楽にお参りをさせて頂いても、おかげを受けておる人、おかげを受けてない人、お徳を受けていく人、お徳を受けていかない人、あるでしょうが、ね。そこんところです。結局、各自各自の力を引き出すチャンスに恵まれておりながら、そこを避けて避けて、楽な方へ楽な方へと行こうとする。そういう、いうならば修行精神のない事では、いつまでたっても合楽世界には住まわれない、と、いう事です。
今朝のお夢と、また、今朝から頂くこれと、これは教師だけの、守々の力と仰る、守々の力だけではない。信者一人一人の力、修行生一人一人のその力によって、おかげがちがうのぞ、と、いう事を今日は聞いて頂きました。 「 どうぞ 」